Domestic Tribal Tattoo Project沖縄、奄美大島、北海道のトライバルタトゥー復興プロジェクト

かつて沖縄、奄美大島(琉球弧)のウチナンチューと北海道(蝦夷地)のアイヌにはトライバルタトゥーの文化がありました。1872年、明治政府により文身禁止令が施行されたことによりそれらのトライバルタトゥーは急激に衰退し、やがて滅びました。1948年に禁止令は解かれたものの、80年近い断絶は真性の部族風習としてのトライバルタトゥーにとっては致命的なほど長い期間でもあり、また禁止令が解けたといっても日本社会の刺青に対する風当たりは非常に強いものがあり、その復興は未だに為されていないと言っていいでしょう。

しかし、近年、世界の先進国の間では先住民の文化に対する意識が高まり、その流れの中で様々なトライバルタトゥーも復興を遂げて来ています。いずれもかつてはミッショナリーなどによって禁止令を出されて一度は完全に滅びていたタトゥー文化達ですが、それぞれ止まっていた時間の長さは数十年程度から数百年までと状況はバラバラです。実際に刺青が入っている人自体が残っているならそれは最高、詳細な資料が残っているケースも素晴らしい。でも数百年ともなると、かつてはどうやらあったらしい、とかそんなものです。それでも知恵を絞ってどうにかこうにか現代のタトゥーとして復興する。アイデンティティーに関わることだからですね。

禁止令後もひっそりと施術を行っていた最後のトライバルタトゥーの入ったウチナンチューやアイヌは1980年代からひょっとすると2000年代ぐらいまで生きていたと考えられ、明治期以降の学者達による資料も非常に精密なレベルです。つまりこれはリバイバルを行うには世界的に見ても恵まれたコンディションなのです。ですが、不当に人権を圧迫した禁止令が解けてはや60余年、誰かがやるのを待っていてもそんな人は誰も現れなかったわけです。

「自分がやる。」そういう決意を抱いた方を、僕はこの国でトライバルタトゥーというジャンルを専門とする彫師として全力でサポートしています。

ウチナンチューとアイヌのタトゥーは手、指、前腕、顔、など現代タトゥー事情から考えてもなかなかハードルが高いのは確かです。ゆえにそれらを正確に復元するタトゥーをご希望の方には原則的に無料で施術させていただいております。なお、出自、国籍、人種、性別などの制限は設けません。

大島 托

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